きれい、なんて、男の子にゆう言葉じゃないかなぁ。俺からすれば、そう言う彼女の方がずっとずっと、きれいだった。いや、比較なんて出来るわけがない。俺は元々ちっともきれいなんかではないのだから。容姿はもちろん、心も。でも、本当にまっすぐにできれいな彼女にそう言われると、かんちがいを、してしまいそうだった。きれいっていうのは、なんなんだろうか。景色や物、人にも使う言葉であるし、目には見えない心だとか、気持ちにも使う言葉。俺は、君に関することだけに、この言葉を使いたいと思うのだけど。きれい、うつくしさとは、君だと、俺は思うのだけど。 「……、随分昔の話だけれど、君は覚えているかな」 「どんなこと?綱吉くんのことなら、何一つ覚えてると思うんだけど」 「ふふ、嬉しいことを言ってくれるね。うん、なら覚えてるかな、いや、でも中学の頃だし、」 「分かった。あれでしょう、わたしが綱吉くんにきれいって言ったの」 「驚いた。本当に覚えていたんだね」 「綱吉くんこそ。そんなに印象的なことでもなかったでしょうに」 「いいや、君が正反対のことを無邪気に笑って言うから、とても、忘れることなんて、」 「正反対のことを無邪気に笑って言ったのは、あなたのほうなのに」 まだ子供だった頃。それでも、幼さは次第に失われてゆき、確実に大人へと近づいていた頃。その時にはまだ知りたくはなかったことを、たくさん、知ってしまった。正しいもの、間違ったもの。あかるいもの、くらいもの。物事の分別がつくようになって、俺は分かってしまった。きれいなものと、そうでないもの。俺と彼女は一緒に居てはいけないと、すんなり納得した。きれいなものと、そうでないもの。俺はひどく汚くて、黒くくすんで、澱んでいる。彼女はひどく美しく、透明で、穢れない。悲しみよりも、切なさよりも先に、俺は納得した。そういうものなのだと、受け入れた。目の前の真実は、自分にとってとても冷たく意地の悪いものだけれど、ここで俺がそれに抗おうとすれば、もっともっと、きたなくなってしまう気がしていた。いつも傍に、隣においていた温もりが消えてしまうことは、言葉でなんて到底表わすことが出来ないくらい苦しいこと。それでも、それは仕方のないことだと、思っていた。 「は、俺をきれいだと、言ってくれた」 「昔からずっと、今だってとってもきれいだよ」 「ふふ、君にそう言われるとね、時々本当に忘れてしまいそうになるよ。……でも、変わらない」 「綱吉くんはね、解かってないんだよ。昔からずっとずっと、解かろうとしてない」 「もう解かってるよ。俺は君の言うような人間じゃないんだ」 「ほら、そうやってなんでも決めつけて、全然解かろうとしてないよ」 「…………、がそんなことを言うから、俺は、かんちがい、してしまう、」 普通じゃない自分に、ふつうだった自分がついていけない。血を見ると、こわくなる。人が、いのちが、消えてゆくのを見ると、もう何もかも放り出してしまいたくなる。俺はじゅうにぶんに解かっている。自分のきたなさも、弱さも、くるしみも、かなしみも、求めている、ものも。これ以上、何を思い知れと、君は言うのだろう。きみのそばにいることは、とても幸せで、あたたかくて、なきそうになってしまうというのに。きれいな君が、うらやましくて、でも、きたない俺と君は、一対で。きたない俺を、きれいだと言った彼女に、俺はきれいなのは君だと、返した。あたたかいオレンジ色の光が降り注ぐ、灰色のぬるいアスファルトの上で。あの日の景色を、あの日俺をきれいだと言ったきみを、君を、きれいだと言わないのなら、何をきれいだと言うのだろう。あの日、君をきれいだと言ったきたない俺がきれいだと、君が言うなら、それは果たして。 「綱吉くんがきれいじゃないなら、何をきれいだっていうの?」 「……また、そういうことを言って、」 「だってそうだよ。綱吉くんがきれいじゃないなら、この世のなんにもきれいじゃない」 「、、」 「ねえ、わたしが綱吉くんのどこをきれいだって感じてるか、分からないでしょう」 「分かるわけ、ないだろう。だって俺は、」 「綱吉くんは全部、全部素敵だけど………、そういうところが、きれいなんだよ」 彼女の言うことは、解からなかった。自己否定の何が、きれいだというのだろう。 ……ねえ、俺は君のそういうところが、特にきれいだと思うよ。 |