オレには好きなひと、がいるのだけど。その人を前にするとひどく緊張してしまって、話すら満足に出来ない。すごい手に汗握るし、顔熱くなるし、喉がカラカラになってうまく声も出せないしでどうにもならない。でもどうにかしなきゃ、いつまで経っても前に進めないって分かってる。……分かってるんだけどいつまで経ってもそんな調子で、彼女を想い始めて早三年。周りは口を揃えてこう言う。沢田綱吉、お前はちょっとがすぎる。って。でもそう言われても、自分じゃどうも出来ないんだからしょうがないだろう。まぁ、でもとかだけどとか言っててもどうにかなるわけじゃないのも、分かってるんだけど。あの子の顔と言わず背中だけで、もう心臓がばくばくしちゃって、恋愛ってこんなにくるしいものだったっけ?とさえ思う。でもそれはオレが彼女を好きだからくるしいわけで、くるしい分だけオレが彼女を好きだってことなんだと思いたい。本当に大好きだから、こんな風になっちゃうんだ。ほら、今だって。




「あ、さわだくん」
「、、さん、」
「あれ、獄寺くん達は一緒じゃないの?」
「うっ、うん、」
「……教室戻る?」
「、う、ん、」
「じゃあ一緒に戻っていい?」
「え!!」
「……あ、だ、めなら、」
「いやっ、全然っ、」
「ホント?ならよかった!」




情けない。せっかくさんが声をかけてくれたのに、返事くらいしっかりしろよ。いい加減しっかりしなくちゃいけないと思うのは、何も自分の気持ちを伝えたいことだけじゃない。優しいさんは何も言わないし、感じ悪いだろうオレにも親切に接してくれる。けれどやっぱり、いい気持ちはしないだろう。オレの態度は、苦手なひとに対するそれだと勘違いされたって仕方ないようなものなのだから。このままでいたら告白どころか、彼女を傷つけるだけ。好きなだけなのに、好きすぎて相手を傷つけてしまうなんて悲しすぎる。告白、は出来なくても、オレがさんを苦手に思っているという誤解はどうにか解かなければいけない。さて、でもどうやって?


「さわだくん?」
「っ!うっ、あ、なっなに?」
「こないだみんなで遊んだの、楽しかったねって」
「あっ、ああっ、うんっ」
「……ほんとにそう、思ってる?」


思ってるに決まってる。あの時撮ったプリクラ、実は財布に入れてあるし。もっと言うとケータイの電池入れるとこのフタの裏にだって貼ってある。オレがさんを好きなことを知ってる獄寺くんと山本が気をつかってくれて、オレとさんが一番前で隣同士、その後ろに京子ちゃんとハル、そのまた後ろに獄寺くんと山本という風に並んで撮った、大事なプリクラ。さんがみんな大好きとピンクの水玉模様のペンで書いているのを見た時、どきっとした。みんな、というのがちょっぴり残念な気もしたけど。でも、ぜいたくは言えない。だからつまり、さんがいうみんなの中にオレが入ってるなら、もうそれだけでうれしいってことで、あの時間が楽しくなかったわけがないのだ。狭い撮影スペースの中、身体がくっつくくらい近づいて、女の子のあまいにおいが、ふわっと鼻先をくすぐったことを、忘れられるわけが、ない。好きな子との時間を忘れられる人なんて、いるのかな?少なくともオレは、忘れられない人だ。なのに、すぐさんの言葉に答えられなかった。


「、、さん?」
「……っあ、ごめん、何言ってるんだろあたし、ごめんね、忘れて!」


さんが、迷子になった子どもみたいな、途方に暮れた今にも泣き出しそうな顔で、じっとオレを見つめていたからだ。ぎゅっと胸が締めつけられるような感覚っていうのは、こういう感じを言うのか、と頭の隅の方で思った。さんは困った顔で視線をあちこちにさまよわせながら、時々こちらを伺う素振りを見せる。またきゅっと胸が締めつけられて、オレはなんとも甘い痛みに顔をしかめる。さん、と呟きの音量でぽつりと零すと、彼女ははっとオレと視線をかち合わせた。彼女の瞳はどこか不安気に揺れているけれど、視線を逸らそうとはしない。オレも、しない。透き通る茶色い目を、まっすぐみつめる。心臓が破裂してしまったその時はその時。死因が恋のときめき、なんてちょっと素敵だし。




「……あ、の、さん、オレは、その……っ!プリクラ!財布に入れてるし、ケータイの電池パックのとこのフタの裏にも貼ってあるんだっ!」
「…………へ、」




バカかオレ。いきなりプリクラの話されたって困るだろフツー。はああ、情けない。いやでもっ、ここまで来たからには引くわけにはいかない!きょとんとしたさんを見ると、もう色んな意味で恥ずかしくてしょうがないのだけど、すぅと息を大きく吸って、だからつまり、と言う。手が汗ばむ、顔から火が出そう、というかもう出てるんじゃないかと思う、水が欲しい。これを言ったら!


「つまりそのっ、オレはさんのことがっ!!す!………き、なんだ、っ、」
「すきって………へあっ!う、あっ、わたしのこと?!」


恥ずかしくて恥ずかしくて、廊下のど真ん中でオレは座り込んだ。
…………ろ、廊下、の、どまん、な……か?


「ひゅーひゅー!やっと告白かよ沢田ァ」
「えっ!綱吉くんついにさんに告ったの?!」
「よかったねー、おめっとー!」


抱え込んでいた頭を勢いよく持ち上げると、視線の先には顔を真っ赤にさせたさんと……にやにやしながら拍手をしてる同級生達。熱という熱、いっそ身投げでも!というほどの恥ずかしさがカッと全身に行き渡ると、オレはすぐさま顔を真っ青にした。さん絶対引いた!絶対引いたに決まってる!あちこちから聞こえる拍手が、余計恥ずかしさと怯えをあおってくる。どうしよう、この場合どうすれば……!いっそ冗談ってことに……、いや、嫌われたら意味がない。じゃあ逃げてしまう?それも同じことだ。もっと悪いかもしれない。じゃあ一体?


「っわ、わたし、さわだくんに、嫌われてなかった、の?」
「嫌っ?!ちっ、ちがうよっ、ぎゃ、逆、なんだ、」
「でもさわだくん、わたしのことなんだか苦手みたいだったし、」
「ごっ誤解!その、はっ、恥ずかしくて、う、うまく話せなくて、」
「そ、だったんだ……、よ、よかったぁ……。わたしもさわだくんのこと、ずっと好きで、でも嫌われてるならしょうがないって、諦めようって思ってて、」


でも諦めなくていいんだよね?とオレに聞いてきたさんは、イタズラが成功した子どもみたいに無邪気に笑って、いまだしゃがみ込んだままのオレと目線を合わせるように同じくその場にしゃがむと、すっと手を差し出した。もちろんオレはその手を……やっぱり取れず、もう蒸気でも出しそうなくらい顔を真っ赤にさせて、まだまだこの先も長いなぁとひっそり呟いた。沢田綱吉、