確かに、守ることが、あなたの、存在の意味かもしれないけれど。時には切り捨てることだってしなければならないこと、いい加減に理解しなくちゃいけない。あなたの意思がボンゴレの意思だけれど、あなたがいなくちゃ、何も始まらないのよ。なのにどうして、わたしたちをおいていってしまったの?あなたと出会ってから、こうして別れの日を迎えるまでのことを思い出してみたら、いつの時もあなたって人は、そういう人間だったのだということを、今更だけれど思い知らされた。沢田綱吉という男は、マフィアのくせに、誰よりも 甘い どうしょもない男だった。 「罠に決まってるわ。わざわざ殺されに行く必要なんてない」 「けど、話し合ってみないことには、何も分からないよ。、決めつめてはいけない」 「もしあなたが死んだら、全て終わってしまうわ。あなたこそ分かってるの」 「俺だけじゃない、どんな人間にも命には価値がある。これ以上、失くしたくないんだ」 「……全然分かってないじゃない」 ここまで来てしまったからこそ、もうどちらも後には退けないのだ。そんな状況でトップがのこのこと姿を現わせば、殺されるに決まっている。話し合いなんて出来るはずがない。それこそ、無駄死にという。沢田綱吉という男は、現実に夢を見すぎている。わたしたちが身を置くこの世界は、そんなに優しい世界ではないのだ。まっすぐ、目を逸らさずに全てを見ろ。戦うしか、道はない。しかし、その手段さえ、彼は葬ってしまった。そうだ、そもそもリングの破棄から間違っていた。戦わずして得られるものなど、在りはしないのに。わたしたちはどういった形の戦いにしろ、今までずっとそうして生きてきた。それなのに。やっぱりあの時、何がなんでも止めるべきだった。抵抗さえも満足に出来ぬまま、華やかに戦場にて散ること叶わず、屈辱に呑まれながら死んでいくのか。そう嘆いたところで、今となっては、もうどうにも出来やしないけれど。 「……それで、どうするの」 「行くよ。まぁ、なるようになるさ。なんだかんだでこの10年近く、乗り越えてこれただろう?」 「つまりそれは、ノープランってことね」 「はは、そうそう」 「笑いごとじゃないわ。……死ぬわよ、」 「…………うーん、まぁ……、どうにかなるよ」 今度という今度は、どうにもならないだろうに。なるようになるとすれば、まず彼が殺されて、残されたわたしたちは勢いづいたヤツらに簡単に、殺されるだろう。99パーセントの確率で。でももし、ボンゴレの血が、沢田綱吉という男がまた、奇跡を起こしてみせると言うのなら。残りの1パーセントくらいは、またみんなでばか騒ぎが出来ると、信じてもいい。修羅場に負け戦なんて、今まで散々経験してきた。勝敗は目に見えているけれど、わたしが、わたしたちが信じるのは、今わたしの目の前で穏やかに笑っている男ひとりなのだ。彼が勝てると言うのなら、その言葉を信じて、最期まで戦うだけだ。ボンゴレの名誉と誇り、そしてボンゴレ10世の名に懸けて。 「……10代目、あなたがただ一言、共に来いと言って下さればいいのです」 「あれ、俺を止めてたんじゃないのか?」 「止めるつもりでした、死んでも。でも、あなたの起こした奇跡を、わたしは知っていますから」 「奇跡なんて起こした覚えないよ。でも……そうだな、みんなが……、 、君が付いていてくれるなら、起こせる気がするよ」 奇跡だって。わたしたちが、わたしがいるなら、奇跡だって起こせる気がすると言った彼の人は。共に来いと言った彼の人は、わたしを残して、行ってしまった。空っぽの彼の部屋を見た時、わたしはあまり驚かなかった。どこかで、分かっていたのだ。心優しい、やたらと甘ったるいあの人は、こうするだろうと。わたしの絶対唯一だった。神に等しい存在だった。彼は、呼吸すら出来ない真っ暗な世界だけをわたしに残して、逝って、しまった。共に果てることこそが、幸せだったのに。現実に夢を見ていたあの人は、厳しい本当をわたしに突きつけて、甘い眠りから遠ざけた。すべてを失ったわたしが出来ることなんて、何もない。ただ、立ち尽くすだけ。それでも忙しなく、世界は巡るのだ。立ち止まったままのわたしを置き去りにすることはなく、かといって、背を押すわけでもなく、ただ、あるべき姿のまま、巡るのだ。 「………死んで、しまったのね、」 棺の中には、甘い香りのする花を、たくさん、たくさん、敷き詰めてやった。あなたみたいな人間には、こういうのがお似合いなのよ、と、色取り取りの、形ある甘い夢。死に顔さえまともに見れなかったわたしは、あなたの思う通りには生きられない。ボンゴレのため、世界のため、あなたの、ため。同僚達が忙しく世界を駆け回っている中で、わたしだけがあの日から動けずにいる。誰も、そんなわたしを咎めてはくれない。優しく励ますか、自分の力で這い上がってこいと、突き放す。でもどちらも、わたしには響かないのだ。そして結局、にげだした。でも、かみさまが、いなくなってしまったんだもの。戦うことは、もう出来ない。でも、死ぬことさえも出来ないのよ。あなたが残酷にも、優しく、わたしを生かしてしまったから。棺の蓋に指先を滑らせると、ふいに、視界がゆらゆらと歪み始めた。 「今あなたがここで見ている夢は、あなたが望んだ世界かしら、」 「………、どうして、わたしを連れていってくれなかったの、」 「情にもろくて、何も知らない子供みたいに甘ったるいくせに、」 「、……っどうして、一番辛い現実を、わたしだけに押し付けたの、」 「一緒に、しにたかったのに、」 両の手で視界を覆ってみても、何からも逃げられはしない。分かってはいても、逃げ出したいのだ。あなたのいない世界から。あなたの見た夢を、わたしもこの目で、見たかった。また、みんなで笑い合える、温かな日常を、もう一度。溢れる感情のまま泣いたせいか、頭の中の整理は出来た。ボンゴレ狩りの対象と範囲エリアが広がってきている今、ここへ来れるのはこれが、最後かもしれない。戦えず、死ねぬわたしに残された道など、ありはしないから。せめて、あなたの残した場所を残そうと奔走している彼らに迷惑が掛らぬよう、戦わずに逃げ、死なぬように生きるしかない。その道の果てで、またあなたと会えたらいい。今度こそ、あなたの理想のあまい香りの優しい世界で、みんなが幸せに生きられますよう。別れの挨拶として、棺にキスをひとつ。名残惜しさを胸に、立ち上がって背を向け、歩き出す。さようなら、愛しかったひと。今度会えた時には、またあなたが起こす奇跡を、隣で。 「よっ、」 「もしかしてここ、10年後…?」 「未来の自分と入れ替わったってことは、10年後のオレがここにいたんだ…」 「ど、どこだろう……?」 、君が付いていてくれるなら、起こせる気がするよ。あなたはそう、言ったけれど。あなたがいるから、奇跡は何度だって起きる。そしてわたしもまた、立ち上がることが出来る。ああ、懐かしい君よ、どうかこの暗黒の時代にて、一縷の光となって導いて下さい。今度こそ共に、戦わせて下さい。あなたが起こす奇跡を、あなたの手足となってわたしが、形にしてみせます。 「……あなたを、待っていました」 マフィアのくせに、どうしょもなく甘い男、沢田綱吉、あなたを―――――――。 |