同じクラスの沢田くんは、とっても優しい人で、わたしはそんな沢田くんに、恋、なんて恥ずかしいものをしている。みんな彼をダメツナ、なんて意地悪なことを言うけれど、彼は決してダメな人なんかじゃない。だってダメな人が、あんな風に人に優しく出来るわけないもの。沢田くんは、いつだって誰にだって優しい。わたしが家の鍵を無くしちゃった時だって、一緒に探してくれたし、プリントを忘れちゃって先生に怒られてすごく落ち込んでた時だって、だいじょうぶだよ、次忘れないようにすればいいんだから、って励ましてくれたし。わたしが物を無くしすぎ、忘れすぎっていうのはともかくとして、わたしが言いたいのはそう、沢田綱吉くんは、 優しい いつもの通学路、前方を歩く背中には見覚えがある。ああ、朝からなんてツイてるんだろう!今朝の目覚しテレビの占いで12位だったことなんて、もう気にしない。それどころか、きっとあの占いの方が間違ってるんだと思う。にやにやしちゃう口元を引き締めながら、わたしは走り出した。だってあの背中は! 「さっ、沢田くん!」 「っ?!う、あ、さ、ふあ、あー、びっくりした、おはよー」 「あっ、ごめんなさい、沢田くんの背中がみえたから、つい、」 「ううん、全然大丈夫だよ!むしろ声かけてくれてありがとう。 走ってきてくれたんだね。せっかくだし、一緒に行こう?」 やさしい、やさしいやさしいやさしい!やっぱりわたしは沢田くんが大好きだ。鏡なんか見なくても顔が赤いのは分かってるので、誤魔化すように俯いて、そのまま頷いた。ああ、どうしよう、おとうさん、おかあさん、むすめは今朝、運命に引き寄せられたみたく、大好きなひとと登校をご一緒することになりました!やっぱり今日の占いははずれだ。だってこんなにイイことが早速起きちゃったんだもの。両手で口元を覆うと、隣を歩く沢田くんに気づかれないよう、ちいさくわらった。 「……うそ、な、ない……っ、」 なんて、ことだろう……。かみさま、今日一日浮かれていたわたしが悪かったんですか?それとも、占いがはずれたって言ったこと、怒ってるんですか?あれ、でも占いはかみさまじゃなくって占い師さんがしてるわけで……ってそうじゃない、どうしよう、とにかく、探さなくちゃ。いちばん無くしたくなくて、いちばん無くしちゃいけないものを、なくしてしまった。今朝家を出た時には、ちゃんとシャツの胸ポケットに入れてたし、そのあとポケットから出した覚えもない。どこかで落とした、っていうのはさすがにない気がするんだけど……。あぁ、どうしようどうしよう!中身を見られちゃったら、わたしはもちろん、沢田くんが嫌な気持ちになるもの!でも、どこからどう探せばいいのか、全然分からない。物を無くしたり忘れたりするのは得意なくせに、わたしは物を探すのがとても苦手なのだ。そうは言ってられないのだけど、でもこういう時、一体どこから手を付けるのがいいのか。……沢田くんは、物を探すのが、上手なんだよね。だから鍵を探してるわたしを手伝ってくれて、見事鍵を探し当てた沢田くんは、さんは物を探すの、苦手なんだね。じゃあ今度また何か失くしちゃった時も、オレが探してあげるよって言ってくれて。それからわたしは、物を無くしてしまうと、まず沢田くんに相談するようになった。それからわたしは、沢田くんがだいすきになってしまった。沢田くんの優しさに甘えきってしまって、今だって、こんな時にさわだくんがいたら、なんて、 「あれ、さん、どうしたの?今日日直とかじゃないよね……ってどうしたの?!」 「あっ、さ、さわだく……、ふ、ふえ、っう、うぅ、」 「えええええどどどどうしたの?!えっと、誰かになんかされた!?えーとえーと……!」 「ふ、う、っく、ひっく、ふえ、」 「……うんと、オレでよければ、っていうか、オレに出来ることあればなんでもするから、」 「さっ、さわだ、っく、ひ、う、」 「だから、泣かないで」 「………っあ、う、ご、ごめん、なさい、」 「えっ?!なんで!?……あーっと、もしかして、また何かなくしちゃった?」 「……………っご、ごめ、なさ……っ、」 「お、怒ってないから!そっか、うん、わかった。オレが探してあげる。何なくしちゃったの?」 生徒手帳、と言えばいいのだけど。本当は、生徒手帳を探してるんじゃないから、そうは言いにくい。あれに比べたら、提出期限明日!っていうプリントも、家の鍵だってたいしたものじゃなく思えるんだけど。……わたしがなくしちゃったのは、生徒手帳……の中に入ってる、体育大会の時の、沢田くんの写真、なのだ。決して隠し撮りとかそういうのでなく、ちゃんと、写真部が活動の一環として行事で撮る写真で、ちゃんと、生徒が自分の欲しい写真を1枚80円で買うっていう、ちゃんとした公式ルートで手に入れた写真であって。だから全然、やましいことはないんだけれど。……でも、 「……せ、せいと、てちょう、」 「生徒手帳?分かった、探そう。生徒手帳、どこかで使った記憶とかある?」 「な、ない、」 「んー、そっかぁ……、とりあえず職員室で聞いてみようか、落とし物で届けられてるかも」 ……職員室……、気づかなかった……。 けれど、生徒手帳の行方を追っていると、なぜか応接室に辿り着きました。並盛の秩序、最凶風紀委員長と悪名高いヒバリさんのお城。血の気がさあっと引いて、もう倒れるんじゃないかと思うくらい頭がくらくらする。ちらっと沢田くんを見ると、やっぱりちょっと青い顔をしているけれど、でも、だいじょうぶだよ、オレがいるから、と笑ってくれた。そうだ、元はと言えばわたしがあんな大事なものを無くしちゃったのがいけなくて、沢田くんは全然関係ないのに、わたしに付き合ってくれてるんだもの。わたしがしっかりしなくちゃ。ぎゅっと目をつぶって、拳をドアに伸ばすと、コンコン 「誰」 「さっ、沢田綱吉です!あの、せ、生徒手帳が届いてるって聞いて取りに来たんですけども……!!」 わたしがノックをする前に、沢田くんがノックをした。用件までわたしの代わりに言ってくれて、こんな時に不謹慎だけど、なんだかとてもどきどきしてしまった。だって沢田くんだって怖いに決まってるのに、やさしすぎるなぁ……。すると室内から、かたん、と物音がして、びくっと大きく肩を揺らしてしまった。ぎゅっと、右手が熱い。わたしの手よりおおきい、あったかい手。ばっと隣に立つ沢田くんを見るとまた、だいじょうぶだよ、とわらった。 「いいよ、入っておいで」 ヒバリさんのお許しを頂いて、失礼します、と扉を開けた沢田くんにつられて、慌ててわたしも失礼します、とあいさつをする。先に室内へ入ってくれた沢田くんの少し後ろから、そっとヒバリさんを見る。……きれいな人、だけど、やっぱり噂通りなんとなくこわい……!で、でも、沢田くんにあまえっぱなしじゃだめ!きゅうっと右手を握ると、あの、と震える声を誤魔化しながら、ヒバリさんに話しかけた。 「あの、わたし、せ、せいとて、てちょうを、なっ、なくして、」 「うん、それで?」 「そ、それ、で、その、」 「返してあげてください」 ぴくり、とヒバリさんの整った眉が動いた。じぃっと沢田くん、のうしろに隠れているわたしを見つめているのが分かる。……目が合わないのはわたしが視線を逸らしているからで、その理由といえば「こわいから」だ。でも、ここで引くわけにはいかないし、何より沢田くんから生徒手帳を受け取るなんてはずかしすぎて死んでしまうと思う。いくら彼がわたしが本当に探しているものを知らないとしても、やっぱり恥ずかしい。それに、怖いに決まってるのに、こうやって一緒に来てくれた沢田くんの優しさに、わたしも勇気をもらった。 「あの、」 ついに目が合ってしまって、緊張のあまり、ごくん、と喉をならした。沢田くんが、びっくりしたように振り返った。うん、わたし普段からあんまりはっきりものを言えるタイプではないってこと、自分でもよーく分かってるから、沢田くんがびっくりするのも分かるよ。わたしもびっくり。恋っていうのは時に、とんでもないパワーを生み出すものなんだなぁ。 「っあ、あの、すごく、大事なもの、なので、かっ、返してもらえませんか、」 と、途切れ途切れではあったけど、はっきり伝えることが出来た。言えた!とほっと息をつくと、ふぅん、そう、大事なんだ。と、なんとなーく意地悪な声音でヒバリさんが言った。そぅっと表情をうかがってみると、なんかこう……悪人、っぽい顔をしていらっしゃって、ええと、これは一体どういう……? 「大事って、これ?生徒手帳、の中に入ってる、沢田綱吉の写真」 「あっ、は、いいいいいいいいいいいいい?!ひっ、あ、やっ、」 「沢田綱吉、君、大分好かれてるみたいだね。今時いないよね、好きな人の写真を生徒手帳にいれる子なんて」 「ひひひヒバリさっ……!!(お願いだから黙ってー!!)」 「男女交際は風紀を乱す。本来なら咬み殺すところだけど、今回は彼女の清純さに免じて見逃してあげよう」 ……は、い? どこかにやにやしているヒバリさんを、ぽかんと見ていると、気づけば生徒手帳を握らされていた。冷たい手が触れて、びくっと身体を震わすと同時に、意識がはっきりした。いやいやいや、最凶風紀委員長はちょっと古い感じの純な恋バナが好きとか、ちょっと笑えないと思うのですが。というかただ怖いだけだよ!!けど、生徒手帳を無事返してもらえて、しかも咬み殺さないでくれるっていうし、そんな失礼なことは言えない。もしかして、ヒバリさんて結構いい人だったりするんだろうか。 ……………いや、いい人はここで沢田くんに写真見せたりしないよ! 「さ、用はもう済んだだろ。出ていってくれる?……まぁ、あとはふたりで、手でも繋いで帰れば?ふふ、」 「(余計なこと言わなくていいですからぁああああ!!)あ、じゃあ、あの、しつれい、しまし、た、」 ぴくりとも動かない沢田くんの背中。ひ、引いてるの、あきらかだよね……。一緒に探してくれてありがとうとか、ちゃんと言いたいけれど、そんなこと言える状況じゃない。ここでさっさと飛び出しちゃえば、あとあと気まずくなっちゃうに決まってるけど、とりあえずヒバリさんの空気の読めなさ加減には絶望しました!ありがとうございました、とあんまり思ってない、むしろふざけるなですヒバリさん!と怒鳴ってやりたい気持ちだけれど、一応お礼を言って、わたしは応接室を出た。そして、走る、走る、走る。ああ、これでわたしの恋は最悪の形で終わるけど、沢田くん、わたしほんとに沢田くんのこと、 「……っ、あ、のっ、、さんっ!」 「っ、」 「まっ、待って。オレの話、聞いてほしいんだ」 「さ、さわだ、くん、」 「えっと、生徒手帳に、オレの写真を入れてたのは、その、」 「ごっ、ごめんなさいっ、あのっ、わたし、」 「いやっ、怒ってるんじゃないんだ!……その、写真入れてた理由っていうのは、ヒバリさんが言ってた……、」 応接室の方へは誰も近づかないから、廊下はひどく静かだ。どくどく、心臓の音も大きい。声をかけられて振り返ってしまったけれど、沢田くんの顔は見れなくて、俯いたまま、沢田くんの柔らかい、やさしい声で紡がれる言葉の続きを、ただ待った。その、あの、と口ごもる沢田くんの表情が、気になって、ついに顔を上げるまで。 「っ、そのっ、オレっ、さんのこと、好き、だから、ヒバリさんが言ってた通りの理由で、 さんが、お、オレの写真、持って歩いてくれてたら、すごい、うれしくて、その、」 顔を真っ赤にした沢田くんが、廊下をじっと見つめながら言った。耳まで、真っ赤だ。そんな沢田くんを見ていたら、わたしまでとっても恥ずかしくなってきて、顔を覆って、その場にしゃがみこんでしまった。ああ、沢田くん、さわだくん、今のこくはく、は、沢田くんのやさしさからくる同情とか、そういうのじゃなくて、ほんとにわたしを思ってのものだって、そう思っちゃってもいいですか? 「だからその……っ、さん?!ど、どうしたのッ?」 「へっ、え、」 「ぐ、具合悪い?!」 「う、ううんっ、ちがうのっ、あのっ、」 |